The Journey
東京から東南アジアへ。
そして、パタヤへ。
株式会社C・S・R 設立
26歳で独立。東京・池袋を拠点に、仲間とともに走り出す。うまくいかないことも多い。それでも、この一歩がすべての原点。
株式会社feemo 設立
C・S・Rを仲間に譲り、新会社を設立。広告・マーケティング事業で新しい挑戦を始める。時間ができた分、海外を回る機会が増えていく。このとき「2017年までにタイに住む」と、自分の中で決める。
マレーシアへ移住
東南アジアへ拠点を移す。毎月のように各国を飛び回る生活。
フィリピン法人設立
フィリピンにオフショア拠点を構築。同時にバンコクにも拠点を持ち、日本・フィリピン・タイを行き来する生活が続く。
バンコクからパタヤへ
東京と同じ匂いがするバンコクを避け、妻の地元であるパタヤへ。自分のペースで動ける場所を、ここに見つける。
機内での出会い、そしてイランへ
福岡から成田へ向かう機内。隣に座ったイラン人の大学教授との出会い。
「フィリピンを良くしたいから会社をやっている」そう語ると、彼は感激し母国の現状を打ち明ける。
「国内に仕事がなく、みな出稼ぎに行ってしまう。教え子たちが働ける場所を作るために力を貸してほしい」
その熱意に動かされて、数ヶ月に一度イランへ通い、ビジネスを形にする日々。でも、2019年の国際情勢の緊迫化、そしてコロナ禍で、その道は途絶えた。ビジネスにはならなかった。それでも、イランという素敵な国の景色と人々の熱気は、今も心に残っている。
コロナ禍
フィリピンがロックダウン。緊急脱出して向かった先は、家族のいるパタヤ。気づけば、ここが完全な拠点に。
パタヤで本格事業開始
「ここで事業を興すつもりはなかった」
それでもパタヤに根を張り、人をつなぎ続けるうちに、気づけば自分の周りに輪ができていた。今では、日本の経営者たちが自然と集まってくる。妻の会社 K2 PATTAYA をサポートしながら、リユース・飲食・進出支援の場をつなぎ、動かしている。